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2007年07月 アーカイブ

2007年07月06日

ブラウン判決の時代が過ぎ去ったを嘆くのはやめよう

ブラウン判決を破棄したともとれる判決がくだったことについて、ついこのあいだ言及した公民権運動を綴った名作ドキュメンタリー Eyes on the Prize の監修をつとめた JJuan Williams『ニューヨーク・タイムズ』紙にエッセイを書いている。

ウィリアムズは冒頭でこう述べている

「ブラウン判決を讃えよう、だが今やその判決を葬り去るときがきた」。そして、それを嘆くのは止めようと主張している。

この記事のなかで、ウィリアムズは、ブラウン訴訟の原告弁護団長を務め、その後連邦最高裁判事になるサーグッド・マーシャルにインタビューをしたときの興味深いエピソードを伝えている。

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2007年07月15日

全国黒人向上協会全国大会にて──その1

20070715julian_bond.jpg先週末より、デトロイトで、全国黒人向上協会 (NAACP) の全国大会が開催されている。トルーマン大統領よりはじまり、かつては大統領やその特使が参加するのが恒例であったが、それも2001年にブッシュ大統領が拒否して以来、今年もホワイト・ハウス関係者の存在はなかった。

その2001年、現会長で元学生非暴力調整委員会の運動家だったジュリアン・ボンドは、「ブッシュ政権は共和党のタリバン派(キリスト教原理主義者たち、狂信的右派の意味)と名指しで批判した。ところが、9・11直後のアメリカ社会の右傾化と、2004年大統領選挙の結果や国税庁による特別捜査の開始などを受け、公民権運動との関係のない実業界から執行委員長を選ぶなど、一時期はブッシュの方針に妥協するかのような姿勢をみせた同団体も、昨年の民主党の躍進、そしてブッシュへの支持率の低迷を受け、再度ボンドは、現職大統領への猛烈な批判を開始した。

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2007年07月17日

全国黒人向上協会全国大会にて──その2

全国黒人向上協会(NAACP)をブッシュ大統領が無視し続けているのは昨日ここで報じた通りだが、それに対し、来年の大統領選挙への出馬が予測されている民主党の政治家たちは、大会が開いているデトロイトに足を運んだ。その中には、世論調査や選挙資金集めでトップ争いを激しく繰り広げているバラク・オバマとヒラリー・クリントンもいる。

しかし、民主党がかくも黒人の団体との近しさを強調するのは久しぶりのことである。実のところ、民主党は、マイノリティ利益の代弁者と目されるのを忌避し、そのような事態を避けてきた。このような政治環境は、思うに、ブッシュ政権が有能な黒人を政府の高官(たとえば、コリン・パウエルやコンドリーザ・ライス)に登用し、そうすることで「黒人」のイメージを向上させたからであろう。皮肉なことにそれは民主党の利になっているように思われる。

さて、候補者が次から次に演壇に立つ模様を報じる『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事は、そのなかでも、オバマは「ホームゲームのアドバンテージをもっているかのような聴衆の反応を得た」と報じている。当初、彼が「黒人候補」としてみなされるかどうかが問題とされていたが、どうやらその問題は解決済みのようだ。

その演壇でオバマはこう述べたのである。

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2007年07月20日

ニューアークの政治 ── 変化する〈人種〉の意味

日本でも名前が知られてきたバラク・オバマと経歴が良く似ている人物として、このブログでニューアーク市のコーリー・ブッカーのことを以前紹介したことがある。『ニューヨーク・タイムズ』紙が伝えているところによると、ブッカー市長誕生直後の「旋風」の後、今度は彼が守勢に立たされ、リコール運動さえ起きているらしい。

その記事のなかで、特に注目されるのが、〈人種〉の意味である。「コーリー・ブッカーは実は黒人ではなかった」、そんな噂が同市では流れており、それが市長の「弱点」とされているのだ。ジム・クロウ時代の南部では、「黒人の血が一滴でも流れていたら…」ということが人々の社会的・政治的・経済的地位や命運を否定的に決定づけた(この様子はフォークナーの小説などを読むとよくわかるであろう)。しかし、現代の北部都市ニューアーク市では、その構図が逆になっている。

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2007年07月21日

日本で欠けている黒人の表象

さて、昨日の記事では、「黒人」の表象、「黒人」とは何かについて読者に問いかけてみた。ここで、ちょっとした仮想をしてみたい。

来年の大統領選挙で、バラク・オバマが当選し、それと同時に「新しい黒人政治家」の像が日本のメディアに堰を切って氾濫したとしよう。すると日本における一般的「黒人像」のなかで、まったく欠けているものが現れてくることになる。

現在の日本における黒人のイメージは、本サイトの内容からするとかなり逆説的だが、良くも悪くも上のような像であろう。一部にネガティヴな黒人像の受容は日本人に内在的な偏見の顕れだと酷評する人々がいるが、私は、それに対し、ヒップホップに発する黒人像の受容には肯定的・否定的両側面があるという場に立つ。

その上で、敢えて問うてみたい。たとえ、強烈にポジティヴな黒人像ーーたとえば大統領!ーーが流布したとしても、それが黒人の実像を捕らえたことにはならない。さて何が欠けているだろうか?

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2007年07月22日

エッセイを移動しています

このサイトにおける時事エッセイのページの基本的方針は、このブログと同じです。

ブラックカルチャーに関心のある人に向け、いち早く情報を提供することにあります。

ところが、エッセイコーナーを立ち上げたとき、ブログツールは未開発だったのですが、いま現在、徐々にエッセイをここに移動し、サイトの「統合」をはかっています。(「統合」は、こんな簡単なことでも、かなり労力のいるものです)。

したがって、しばらくサイト内での記事が重複することがありますが、何卒、ご寛恕ください。

2007年07月24日

デトロイト暴動から40年

アメリカが7月23日を向かえた。この日は、正確な数字が残っているものとしては、当時アメリカ最大の人種暴動(43人死亡、7000人逮捕、92年のロサンゼルス暴動のみがこの死亡者数を上回っている)となり、公民権運動の時代の終焉をつげる序曲となったデトロイト暴動がおきてちょうど40年目にあたる。わたしが住んでいるここ日本もとても暑い日だったが、暴動がおきたその日のデトロイトも華氏90度を超える酷暑だったという。

その日から、デトロイトは大きく変化した。この街の活力の源泉そのものであった自動車産業は、みなさんご存じのとおり衰退。暴動がおきた67年当時でさえ、自動車工場はより労働力の安価な地域に移り初めており、デトロイト市内にはクライスラーの工場しかなかった。クライスラーが投資ファンドに買収されたいま、かつてこの街を支えた工場すべてが一度はこの地を去ったことになる。

さらにはまた、この街の名と一緒に世界中に知れ渡ることになったモータウン。モータウン・サウンドを量産したスタジオ、Hitsville U.S.A. は実は暴動の中心地となった12番街・クラアモント通りの交差点からわずか徒歩で5分ほどのところにある。そのサウンドの中心地も、73年にはハリウッドのサンセット大通りに移転し、90年代に歴史的建造物として補修改装されるまで、「見棄てられたインナー・シティ」のなかにぽつりと位置することになった。

この73年は、また、デトロイトで初めて黒人が市長に当選した年でもある。つまり、デトロイトにおける黒人政治力の伸張は、同市の社会的・経済的インフラの崩壊と同時に進行したのだ。では現在はどうであろう…。

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2007年07月25日

デトロイト暴動、40年後、その2

20070724prayer_for_riot.jpg暴動から40年目、デトロイトではその惨事を悼むために祈りを捧げる行事が、暴動の起点となった場所で行われた。

その模様を、『デトロイト・フリー・プレス』紙は、「これまでのものとは異なるもの」と報道している。

というのも、行政区画上はデトロイト市とは異なっている郊外の都市の首長がこの祈りに参加したからだ。デトロイト都市圏郊外からの人々の参加と言えば、それは、この地域では「黒人と白人がともに」ということを意味する。インナーシティの人口は約90%が黒人、郊外といえばそのまったく反対の事情が存在している。

かつてデトロイト市郊外の街、ディアボーンの市長、オーヴィル・ハバードは、北部にしては珍しい名だたる人種隔離論者だった。それゆえ彼の名前は、インナー・シティの黒人には人種主義と同義である。しかし、現市長はデトロイト市と友好関係を保つために、この祈りの行事に参加した。その祈りにあたり、デトロイト市長のクワメ・キルパトリックはこう語った。

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2Pac 遺産管財団体が差し止め請求を行う

デス・ローのCEO、シュグ・ナイトの財産が競売に付されているのは先に報じたとおりだ。この事実が物語っているように、デス・ローの資産は、破産宣告にともなって処分される過程に入っている。

問題はその資産のなかにはまだ未公開の2Pacの録音があるということ。彼の作品は、死後も次から次へと発売されている。そのなかには、音源も悪く、質も決して高くないものがある。つまり、彼が生きていたならば、発売されることを望まないはずのものが、既に市場に出回っているのだ。

そこで、7月20日、彼の母で、元ブラック・パンサー党の活動家、アフェニ・シャクールを長とするTupac Shakur Estateが、2Pacの録音の競売ーーつまり安価な切り売りーーをストップさせるため、彼の録音をデス・ローのカタログから除外することをもとめて、裁判所に差し止め請求を行った。

彼のファンとしては、新しいものがもはや聴けなくなるのは寂しいことだ。しかし、差し止め請求が下されれば、それが彼を弔う最善の方法かもしれない。

2007年07月26日

アクセスが5万件を突破しました!

2000年4月にこのサイトをニフティ内に開設して以来早7年、本日、アクセスが5万件を突破しました。

たびたびご訪問されてくださっている方、どうもありがとうございます。また、このサイトを紹介してくださっている方にも、これを機会にお礼を申し上げます。

なお、この数字はあくまでもカウンターを設置しているトップページならびにブログの訪問者の数字です。サイト内のページに直接訪れた方の数は反映してはいませんが、アクセス解析からしまして、大げさではなく10倍の訪問回数が予測できます。どうもみなさんありがとうございます!


ところで、ブラウザによってエントリーの表示に不具合が生じているようです。ブログのデーターベースに何らかの障害が起きているものだと思い、いま原因を探っているところです。

前後の文脈に不自然なエントリーがありましたら、そのエントリーのタイトルをクリックしてください。単編の記事では問題なく表示されます。

バグは解決しました

ブラウザによっては記事が正常に表記されない問題、たった今、解決しました。

その間、混乱した情報を流してしまい、申しわけございません。

2007年07月29日

民主政治を考える…

今日、参議院選挙がありました。直接アメリカ黒人とは関係ありませんが、奴隷制以来、彼ら彼女らが闘っていたこと、それは民主政体のなかでどうやって声を響かせるかです。

だから敢えて政治的発言を行います。

でも、ちょっと簡単な喩え話から…

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