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ポスト公民権時代の「黒人」政治家

昨年の末、ジェイムズ・ブラウンが亡くなった。その時、日本のニュースでは、「ソウル界のゴッドファーザー」と呼ばれ、「60年代末に黒人の誇りについて歌った人物」と紹介されていた。彼が亡くなったということは、言うまでもないが、この世代の人間ーー60年代に活躍した世代ーーが他界する時期が遂にやって来た、これを政治的社会的文脈におくと、かつての公民権指導者の政治世界からの「引退」「退場」が起きているということを意味する。その実、モントゴメリー・バス・ボイコット運動のシンボル、ローザ・パークス、コレッタ・スコット・キング夫人、SNCC指導者ストークリー・カーマイケル、COREの指導者ジェイムス・ファーマー、彼ら彼女らはみなもうこの世にはいない。

そして、今、政治の世界に飛び出してきたのが新しい世代である。彼ら彼女らは、公民権世代が築いた環境のなかで育ちつつも、その世代とははっきりと違ったキャリアをもっている。その新しい世代の代表のひとり、バラック・オバマ、彼は、2006年民主党大会の基調演説で一躍名を馳せることになった。

このそしてアメリカがそもそも依拠する崇高な理念、独立宣言に発する「アメリカン・ドリーム」を訴えるその雄弁さは、「マーティン・ルーサー・キングの再来」と呼ばれたほどである。彼が演壇に上がるときに流れている音楽は、1967年にカーティス・メイフィールドが歌った"Keep on Pushing"である。この曲は、当時の文脈のなかでは、ブラック・ナショナリズムを鼓舞するものだと言われた。今やそれが民主党大会の基調演説者のテーマに使われる時代になったのである。ここには時代の懸隔と、その懸隔にかかる橋が、象徴的に表れている。

今回は、では、その新しい世代の黒人政治家たちの横顔について語ろう。

日本でも広く知られることになった人物、バラック・オバマは、これまでの「黒人」政治家とははっきりと異なる「素性」をもっている。ハワイ大学に留学していたケニア人留学生とカンサス州出身の白人女性とのあいだに生まれた。ジェイムス・ファーマーがフリーダムライド運動の先頭に立っていた1961年のことである。その後、両親は離婚し、父親はアフリカに帰国、母親はインドネシア人と再婚した。そして彼はその母と継父とともにジャカルタで少年期を過ごした。

帰国後の彼はエリートコースを一直線。コロンビア大学で政治学学士号を取り国際的業務を扱う弁護士事務所に務めた後、ハーヴァード大学ロースクールに進学。そこで法学博士となる一方、黒人としては初めて、104年の歴史を持つHarvard Law Reviewの編集者に選ばれた。

通常このようなキャリアの人間は実入りの良い仕事をもつ。ところが彼は、シカゴ・サウスサイドで貧困者の法律相談を応じたり、職業訓練を助けたりする非営利的事業に従事した。その後、シカゴ大学ロースクールで教鞭を執った後、イリノイ州議会議員になり、2002年に連邦上院に当選、今日に至っている。

さて、ここで多くの人は気づいたと思うが、彼は、いわゆるアフリカン・アメリカンとは根本的に違う。彼の父親はアフリカ系ではあっても奴隷の子孫ではなく、彼自身の人種的アイデンティティは極めてハイブリッドなものだ。そしてまた、「黒人ゲトー」で暮らした時期といえば、シカゴが初めてだったのである。このような彼に対し、当然、「黒人票を集める力があるのか?」という疑問があがっている。

一方、「エリート」としてのキャリアを持つ黒人政治家にはいくつかの先例がある。その典型例が、現在ニュージャージー州最大の都市、ニューワーク市長であるコーリー・ブッカーだ。

彼は1969年(つまり公民権運動がはっきりと衰退した年)に生まれた。しかし、彼の両親は、IBMの重役になった初めての黒人であり、ワシントンD・C郊外の「高級住宅地」で育った。スタンフォード大学に進学し政治学で学士号、社会学で修士号を修める傍ら、フットボールの世界でも活躍し、大学のなかではヒーローのひとりだった。その後、イェール大学ロースクールに進学し、極めて競争率が高く、それゆえエリート中のエリートの象徴でもあるローズ奨学金を受けてオックスフォード大学に留学した。しかし、オバマと同じく、ロースクールにいた頃から周囲のコミュニティの活動に身を投じ、ロースクール卒業後ニューワークに戻ると、貧困地区の公共住宅に住むことを敢えて選んだ。そこにいる人びとに、法律面での手助けをするためである。

2002年、そのような彼が市長選に立候補した。当時の現職の市長ジェイムス・シャープは、5期連続当選(つまり20年間ずっと市長)を果たしており、1999年からは州議会議員を兼務していた。つまり、ニューワークでは伍するものがいないほど強力な政治力を持っていたのである。市長として全米のどの州知事よりも高額な報酬を受けていた、そのような彼の政治スタイルは「ボス政治」ーーアメリカ型利益誘導型政治ーーと呼ばれていた。もちろん彼の支持母体は、同市の黒人市民である。

重要なことに、この選挙戦中に問題になったのは「ブッカーは〈黒人〉なのか?」ということであった。貧困と直面しながら公民権運動で政治的経歴を積み、そうして政治の世界に入っていった旧来の黒人政治家と異なり、彼は典型的エリート。そんなエリートに「「黒人の問題」がわかるのか?」という問題が提起されたのである。もちろん、この点をもっとも執拗についたのは、シャープ市長であった。彼は選挙戦中こう語った。「あなたはまずアフリカン・アメリカンになることから始めなくちゃいけない、自分でそれをやりなさい、わたしたちにそんな暇はないから」。

「血統」の上ではまちがいなく黒人であるブッカーが「黒人ではない」と言われる。つまり、ここでの「黒人」とはエリートの対極として規定されているのであり、至極簡単にいえば「社会的落伍者」こそが「典型的黒人」なのである。

かくして黒人対黒人の選挙戦でありながら、なぜか「人種」が問題になった選挙戦では、黒人市民からの支持を得たシャープが僅差で勝利した。この「ダーティな選挙」は、Street Fightというドキュメンタリー(アカデミー賞にノミネートされた)に収録されている。

しかし、2006年、その流れははっきり変わった。73%という圧倒的得票率でブッカーが勝利したのである(なお、このときの対抗馬は市長職からの引退を表明したシャープではなかった)。そんなブッカーがまず行ったのは、市場価格以下で私企業に売却されている市所有の不動産の販売を停止することだった。

企業が次々に工場を閉鎖していくなか、新規事業を誘致するならば刑務所でもなんでも良いと考えている他の首長とはまったく異なる。白人の郊外流出、工場や企業の閉鎖で疲弊したアメリカ経済の立て直しにあたって、「民間の活力」だけに盲従しようともしていない。そんな彼は、固定資産税の大幅増税を提案し、市の職員の補充拡大を提案している。これもまた他の首長とはまったく異なる。

そのようなコーリー・ブッカーが5月12日にオバマを支持するという表明を行った。ヒラリー・クリントンを支持していたそれまでの態度を転回したのである。ニュージャージー州は、大統領選挙にあたって、しばしばbattle ground stateと呼ばれ、ここでの勝敗は結果に対し重要な意味を持つ。

新しいタイプの黒人政治家、ポスト公民権世代の黒人政治家は、もはや黒人票だけに頼ることはしない。「黒人ではない」と誹謗中傷された人間がどうして黒人票を頼りにできよう。他面、白人優越主義者から脅迫を受けているとされているオバマはこう語っている。「こんなことをあれこれ考えるので時間を無駄にしたくありません。このような人びとがアフリカン・アメリカンの大統領が誕生することを嫌がっているのかどうかというと、それにはイエスとしか応えられません。ならば、アフリカン・アメリカンは私が黒人だからというので票を投じることになるのかというと、それもまたまちがいのない事実です。しかし、私が落選することになるとすると、それは人種が原因ではない、人びとが信頼できるビジョンを提示することに私が失敗したからそうなるのです」。彼らは「人種」を超越しようとしている。ブッカーがオバマ支持に傾いたのも、人種が理由ではない。オバマは、ブッシュが行った富裕層に対する減税措置を廃止する、つまり増税を行うと語っている。疲弊した政府を立て直す、つまり連邦の職員の補充拡大を提案している。

黒人が白人に投票し(これは歴史上何度も起きた)、白人が黒人に投票する(これはほとんど起きたためしがない)、そんな選挙が来年繰り広げられたとき、きっとアメリカにおける「人種」の意味が激変する。ブッカーやオバマが背負っているのは、その未来への期待である。

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2007年05月17日 11:54に投稿されたエントリーのページです。

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